南カリフォルニア大学の神経学者アントニオ・ダマジオは辺縁系や前頭前野など情動(感情)に関わる脳領域を損傷した患者の判断力の欠如や社会性の喪失について研究し、情動が意思決定の中核をなすというソマティック・マーカー仮説を提唱しました。ダマジオの仮説によると感情は理性的な考えに不可欠です。大脳は内臓や筋肉や皮膚など全身から来る五感や内臓知覚の情報を統合的に処理し身体知覚とそれに伴う情動を結びつけます。同様の身体変化と情動が繰り返されれば脳はある身体状態とある感情を1つの複合体(ソマティック・マーカー)として記憶します。感情の背後にあって合理的思考(結果を推測したり、方向性を決めたり、好き嫌いを持つこと)の基盤が身体感覚というわけです。瞬時の判断や直感はソマティック・マーカーを手掛かりにしてなされているわけです。
日頃の臨床で私が感じさせられることなのですが、辺縁系などの情動に関する脳の部位ががマクロな器質的病変によらなくても、機能的な異常ですでに直観力や判断力がかなり落ちているのではと考えます。被虐待児やうつ病やPTSDやパニック障害などはもちろんのこと失感情症(Alexithymia)や失体感症(Alexisomia)のレベルでも最近の脳画像研究(fMRIなど)で辺縁系の微細な異常が指摘されていますが、彼らはかなり判断力が低下しています。性暴力被害者がまた同じような経験を繰り返してしまうのも、リスクに対する認知力や直観力が落ちているからなのではと思っています。
真のリカバリーとは恐怖で歪んでしまった身体感覚と認知を修正し合理的な判断ができるようになることなのではと最近考えています。
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